高精度で柔軟な走行シミュレーションを可能に。再現度の高い3Dマップとは?
100年に一度と言われる大変革期を迎えつつある自動車業界。この変革はコネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化(CASE)の分野が変化し、車が移動手段から多様なサービスを提供するプラットフォームになるというものです。それらの分野を支える重要なツールのひとつが、ドライビングシミュレーターです。実車では危険度が高い走行テストを、天候なども加味して仮想空間でシミュレーション可能にし、開発プロセスの効率化の役割を果たしています。
そして、ドライビングシミュレーターに必要不可欠なのが3Dマップです。しかし、3Dマップには課題があります。天候や交通状況など多くの情報を設定する必要があり、作業コストが大きいことに加えて、3Dマップにおける標識や建物などの再現度が低かったり、海外製の3Dマップが多く、走行車線が日本と違っていたりするのです。3Dマップの精度が低いと、走行シミュレーションの質に影響が出てきます。
本記事では、車載システム開発を担当する岡田 公輝と戸上 雄喜が、走行シミュレーションの効率化に向けた取り組みや、日本の街並みに即した高精細3Dマップの開発事例について解説します。
- 安全性の高い車両や運転支援技術を効率的に開発したい
- 予測不能な事故シナリオや危険な気象条件などのさまざまなシチュエーションを高精度に試験したい
- テスト対象やシナリオによって3Dマップ内における標識・建物などのさまざまなデータを柔軟に調整することで、開発プロセスの効率化が叶う
- 現実では発生しにくいシナリオや危険な状況も実際の街並みに即して再現でき、安全で高精度なテスト環境を提供できる
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岡田 公輝インダストリー事業本部 コンシューマデバイス事業部 車載システム開発部
2018年、富士ソフト株式会社に新卒で入社。同年10月より2022年10月まで自動車シミュレーションツールの開発・販売を手がけるツールベンダーに常駐してテクニカルサポート業務に従事。以降は自社内にて自動車シミュレーションツールの高度化、多様化に向けた調査を行い、調査の一環としてみなとみらいの3Dマップの開発を担当。
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戸上 雄喜インダストリー事業本部 コンシューマデバイス事業部 車載システム開発部
2005年、富士ソフト株式会社に入社。携帯電話向けアプリ開発に従事し、2009年から商用車メーカーでHILS試験業務を担当。2015年から自動車シミュレーションツールベンダーにてテクニカルサポートを行い、2021年から取引先に対する同ツールの導入サポートに従事。現在は自動車シミュレーションに関するプロモーション活動も積極的に展開中。
自動車のR&Dを前進させるドライビングシミュレーター
日本国内の自動車事故発生件数は、2000年代のピーク時から一貫して減少傾向※1にあります。その背景には、交通安全教育の強化、取り締まりの厳格化などの要因に加え、自動車開発の技術革新もあります。「電動化」「自動化」「コネクテッド」といった技術の研究・開発を大きく支えているのは、実車ではリスクを伴うような走行テストを可能にしたドライビングシミュレーターの存在です。
しかし、ドライビングシミュレーターによって複数のセンサーやアルゴリズムを検証するためには、そこで使用する3Dマップに、気象条件や交通状況、歩行者など複雑な条件を設定する必要があります。技術革新が進めばより安全性を高めるために、想定されるリスクや事故条件も膨大化・複雑化していきます。これに合わせて、3Dマップに求められる情報量や精度も増えていきます。
当社にも、自動車の研究・開発に携わるお客様から、「ドライバーの運転操作を支援するADAS(Advanced Driver Assistance System)や自動運転の開発に適したドライビングシミュレーターを活用したい」「標準化されたシミュレーションシステムが欲しい」「道路・車両モデル・交通状況・天候といったシミュレーション条件を自在に設定できる3Dマップが欲しい」といったご相談が増えています。
シミュレーション効率を踏まえた3Dマップの開発検証
ドライビングシミュレーターで使用する3Dマップに求められる要求事項が増えるなか、当社が行っている、某自動車シミュレーションツールにおける3Dマップの検証取り組みについてご紹介します。
高精度な3Dマップの中には、路面・ 標識・電柱・ガードレール・信号・建物・勾配といった地形と道路に関する膨大な情報が集約されています。3Dマップの開発では、こうした情報をいかにシミュレーター上でグラフィックとして表現するか、PC環境で最小限のタイムラグで稼働させられるか、といった検証が欠かせません。
自動運転の研究開発を進める過程では、たとえばシミュレーター上でビルのガラスに通行人の影が反射するだけで、センサーが誤作動してしまうことがあります。当然、自動車の安全技術を支えるシミュレーターの本来の役割を考えれば、物理現象をできるだけ現実世界に即した形で表現する必要があります。一方、シミュレーションの対象が反射を感知したセンサーと異なる場合は、こうしたセンサーの過剰反応は円滑なシミュレーションの妨げにもなりかねません。
そこで当社では、物理現象の再現度やコンピューターグラフィックの精度をお客さまの要望に応じて調整することもあります。このような調整はテストの進行に大きく関わる重要な要素であるため、私たちが先行して検証を行っているというわけです。
次世代3Dマップ技術を活用し、さまざまなシチュエーションでシミュレーションを可能に
3Dマップに関わる開発事例として、当社が本社を置く横浜・みなとみらいを再現した富士ソフトオリジナルの「高精細3Dマップ」の事例もご紹介します。みなとみらいの特徴である「観光地と商店街が入り混じった街の構造」「起伏に富んだ地形」「複数車線・ラウンドスルー・ロープウェー・多種多様な青看板などの機能」を高精度な3Dマップとして表現したもので、シミュレーションシステムを標準化する際に役立てていただくためにテスト開発しました。
このみなとみらいの3Dマップを使えば、車両のモデル・道路インフラ・気象条件・交通状況などを個別に設定・変更しながら、実際の日本の街並みにおけるシナリオを自由に描くことができます。「昼間/夜間」「晴天/荒天」など、設定次第でさまざまな基本条件を用意できるほか、「車道の脇に樹木がある」「路地から人が出てくる」「逆走車が発生している」といったイレギュラーなストーリーも作成できるのです。
実際の道路に即してさまざまな交通条件をテストできることは、すなわち自動車の安全性能の向上に直結します。さらには、車両メーカーから寄せられる「マップ上の特定の樹木のデータを削除して、センサーの過剰反応を抑えてテストがスムーズに運ぶように調整してほしい」といった、個別の研究開発状況に応じたカスタマイズにも対応しています。
ドライビングシミュレーター分野で、より柔軟にお客様の要望に応えられる開発を担っていく
自動運転はすでに一部の高速道路や特定地域において実証実験が行われている段階※2です。安全性の問題から都市部での実証実験には課題が残りますが、当社が開発したみなとみらいの3Dマップが活用されれば、都市部での実験も早期に実現可能になると考えています。
今後、みなとみらい以外の街のデータも製作が進み、日本国内のさまざまな地形や景観を表現できるようになれば、お客様のさらなるご要望にもお応えできるようになります。当社としても「精度を一定程度に抑えてコストをスリム化したい」「特定地区における超高精細なマップデータがほしい」といった、いかなるオーダーにも応じられるよう調査と検証を進めている最中です。
当社の強みは、さまざまな自動車シミュレーターの知見を持ち合わせており、個々のツールに対しノウハウを有していることです。加えて、当社は地図情報メーカーや国土交通省が発行する3D都市データへの知見も豊富に持ち合わせています。各社が固有にもつ複数技術を連携する際の“橋渡し役”として機能できるのは、当社が独立系のSIerだからこその特長で、業界でも多くはないと思います。
さまざまな技術が絡むドライビングシミュレーターの分野において、車両メーカー様は車両開発が本業で、シミュレーターなどのソフトウェア開発がメインではありません。他方、シミュレーションツールベンダー様は車両などのハードウェア開発がメインではありません。当社は、強みを活かして車両メーカー様・ツールベンダー様がメインとしていない領域をそれぞれご支援することで、両者に対して柔軟に機能する存在でありたいと考えています。自動車の安全性能を底上げするという社会的な使命を背負いながら、今後もお客さまのご要望に応えられる開発を継続していきます。
※2 国土交通省「自動運転の実現に向けた取り組みについて」:
https://www.mlit.go.jp/koku/content/001609155.pdf
※ 記載されている会社名、製品名は各社の商標または登録商標です。