前編では、プログラマーに就職した頃から「かな漢字変換」に取り組んできたキャリアについて、69歳現役プログラマー・武田さんにお話を伺いました。かな漢字変換への熱い思いを感じるとともに、コンピュータの文字入力の歴史について改めて学ぶことができました。後編では、60歳を超えて長く働き続けられる理由、現在の仕事内容、そして今後の展望などについてインタビューした内容をご紹介します。
話し手:武田 まゆみ(プロダクト事業本部 筆ぐるめ部 言語システム室)
プログラマーとして長く働き続けられる理由
―前編でトラブルのお話を伺いました。トラブルがあっても、なぜそれを乗り越えて続けられてきたのでしょう?
35年間プログラマーを続けられたのは、私が「忘れやすい」からだと思います。嬉しいことは覚えていて、辛いことは忘れる―それがこれまで続けてこられた秘訣かもしれません。トラブルがあれば反省します。でも、いつまでもクヨクヨしていても仕方ない。辛いこともあったのだろうけど、あまり苦にならなかったのでしょう。
―入社した時にはすでにお子さんがいらっしゃったのですよね。仕事と家庭の両立は大変ではありませんでしたか?
入社した当時、子どもは小学校に上がったばかりでした。当時は子供のいる女性社員は私だけでした。今後の女性社員のためにも「私が成果を出さないと」と思ったことを覚えています。仕事に打ち込むために、子どものことは両親の助けも借り、私は会社で仕事だけでなく勉強もしていました。仕事に夢中でしたので、仕事と家庭の両立については、辛いよりも楽しかったのです。
当時、コンピュータは指示した通りに動く「魔法の箱」のように感じていました。想定と異なる動きをした時は、いつもプログラムを作った人が間違えていて、正しく命令すればその通りに動く。人間ではそうはいきませんからね。
読書、新聞、テレビなど幅広い情報収集
―効率よく学ぶために工夫してきたことは何でしょう。
プログラマーとして働き始めたのが34歳と遅く、技術者として器用ではないという自覚がありました。そこで、分からないことはすぐに聞いたり調べたりして、効率的な方法はないだろうかと探していました。すぐにプログラムを書くのではなく、すでにあるツールでできないだろうかと探していると、その過程でそれらのツールも使えるようになります。常に柔軟に調べて消化していくようにしていました。
―武田さんが実践されてきた勉強方法について教えて頂けますか?
プログラマーを始めたばかりの頃に読んだ本に、「コンピュータを理解するにはコンピュータと同化せよ」という言葉がありました。「高速に大量のデータを処理しなさい」ということです。そのため、片っ端から本を読みました。内容を理解できなくても、とにかく読んだのです。「読書百遍意自ら通ず」という言葉の通り、最初は理解できなくても繰り返し読んでいると、ある日突然理解できるようになるものです。
また、新聞もよく読んでいました。お客様にお会いする時、日本経済新聞を読んでいないと話になりませんから。しかし新聞にもデメリットがあることに気付いたのです。
それは「朝青龍」という力士が横綱になった時のこと。私は当時「朝青龍」の読み方を知らず、息子に「かな漢字変換の辞書に“あさせいりゅう”って入れていいかな~」と聞くと「それ、“あさしょうりゅう”だよ!」と言われたのです。新聞を読んでいるだけでは、自己流の読み方になる可能性があることに気付きました。それからは新聞を読むだけでなく、朝のテレビ番組やラジオなどメディアを見たり聞いたりするようになりましたね。
60歳以降も働けることがわかって嬉しかった
―武田さんは今年で69歳ですよね。一旦60歳で定年だったはずですが、そのあとも働き続けている理由は……?
私、60歳で退職するものだと思っていたんです。
だから、60歳をむかえて会長のところへ退職の挨拶に行きました。会長に「規程を見たか」と言われ、「再雇用制度」があることを知りました。実は業務の引き継ぎまでしていたのですが、仕事を続けられることになったのです。まだまだやり残したことがあったので、とても嬉しかったことを覚えています。65歳になった時には「ハイシニア社員制度(※)」ができていました。結果として今も会社に残り、仕事を続けています。
私の場合は、かな漢字変換がやりたいという気持ちでここまできました。今もそれがモチベーションになっています。
―定年だと思っていた60歳から9年、今はどんなお仕事されているんですか?
現在は新しいかな漢字変換に取り組んでいます。入社当時のかな漢字変換の辞書は3万語で漢字3文字しか使えないものでしたが、現在は50万語にまで増えています。今後は、学習を重要視したようなものを実現していきたいですね。もっと研究しないと実現できないと感じています。変換の精度向上を永久に続けなければなりません。まだまだやるべきことは多くあります。
人間は4歳になると「てにをは」を間違えなくなるといわれているため、かな漢字変換も4年くらいでそれなりに頭が良くなると考えていた時期もありました。甘かったですね……(笑)。
人生100年時代における今後の抱負「まだまだ作りたいものがある」
―今後の人生でやりたいことを教えてください。
サンデープログラマーに憧れてます。子どもが小さい時には、おもちゃを買うのではなく、子どもが遊びながら学べるような、ちょっとしたプログラムを作っていました。他にもまだまだ作りたいものがいくつかあるんです。当社の製品でも、「こうしたい」「ああしたい」というものがたくさんあります。
まだ実現できていないものがたくさんありますが、COBOLの設計をしたグレース・ホッパーが、現役引退後の80歳を過ぎてもプログラマーを続けていることを知り、私もやろう、と勇気づけられました。
インタビューを終えて
私は今、自分が60歳を超えた時に何をモチベーションにして働いているのか想像できていない状況です。しかし、とても楽しそうで前向きな武田さんにお話を伺っているうちに、実は自分が勝手に60歳までしか働かないだろうという思い込みをし、可能性を狭めているような気がしてきました。
現在、我々が仕事をしている環境は、働き方の制度も職場のICT整備も大きな変化を遂げています。
例えば、育児や介護などで出社困難な状況であればテレワーク制度を活用して在宅勤務もできますし、フレックス制度を活用して柔軟な勤務もできるようになりました。クラウドやモバイル機器の活用で、場所を制限されずに働ける環境が提供されています。これらの変革により、私も、私の周囲の人達も、さまざまなライフイベントのために仕事やキャリアを諦めることが減ってきたように思います。
仕事を続けやすくなった環境において自分のライフプランを考える際、その仕事年齢軸が例えば80歳まで広がれば、自分のキャリアをもっと長期的な視点で考えることもできますし、新たなチャレンジをするのは60歳からでも遅くない!と前向きにとらえられるようになりそうです。当社ではハイシニア社員制度(※)が整備されていますが、人生100年時代に向け、これから社内全体の受け皿も広がっていくことに期待です。
「今後もまだまだやりたいことがあるの!」そう元気に話す武田さんの姿に、お金だけではない「仕事の意義」や「やりがい」ってこういうことなんだなと、その一端を垣間見たように感じたのでした。
※ハイシニア社員制度:65歳以上を対象とし、スペシャリティを活かして雇用継続できる制度。週3日、日4時間など健康に配慮した勤務が可能。
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