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技術者の“特許権”について考える

この2019年の4月1日からNHKで始まった「逆転人生」という新番組。偶然、初回放送を観ました。ジリ貧の人生の時期があっても諦めずにもがき、最後には成功をつかむというサクセスストーリーを紹介するような番組でした。

この回は個人の発明家である齋藤憲彦さんが特集されており、齋藤さんが自らの特許でITの巨人であるアップル社と特許紛争で戦うストーリーでした。最初はアップル社が10人ほどの弁護士を立て、齋藤さんは特許の無効性の主張などの応酬でジリ貧となり負けそうになったものの、意志強く最後まで戦ってアップル社に勝つという実話のストーリーで、ついついのめり込んで観てしまいました。

というのも、実はこの放送と同時期に、私が2013年に出願していた特許が5年半の時を経てようやく特許登録になりそうだとの連絡を受けていたのです。TV番組の特許成立までのシーンと被っていたことにより、なおさら印象に残る番組でした。  

特許というのは、ひとりのアイディアであっても、大企業がひれ伏さざるを得ないほどの強い権利が認められているモノです。技術者は日頃の仕事の中から見つけたアイディアに対して、常に特許の可能性を意識すべきだと思います。 今回は技術者が意識すべき知的財産のうち、特許権に関しての私感をお話しようと思います。

特許を生み出すコツ

ところで、特許のようなアイディアはひらめきでパッと思いつくものでしょうか? もちろん、アイディアというものは突然閃くこともありますが、それがみな特許につながるかは別問題です。しかしながら特許出願に結びつくコツはあると思っています。これまでのソニー株式会社、ヤフー株式会社そして富士ソフトにおける私の特許出願の経緯を振り返ってみると、どの案件にも共通の考え方がありました。ここでは私が考える特許出願までのコツをご紹介します。

1. 課題解決を意識する

特許はアイディアそのものも、もちろん重要ですが、それと同様に“これまでの課題”を定義して、それをどのようにしてこのアイディアで解決したか、といったストーリー立てが重要です。なぜなら、特許出願には“発明が解決しようとする課題”という記述項目があるからです。しかしそれ以上に重要だと思うのは、日頃より“問題意識・課題意識”を持つことです。問題、課題と聞くと多くの人はそこで諦めてしまいますが、逆に、課題はアイディア出しの“チャンス”であり“宝の山”であると思えるマインドが必要だと思います。

2. 未来への妄想を膨らませる

「妄想が重要?」と不思議に思われるかもしれませんが、実はまだ世の中に起こってないことを頭の中で思考(妄想)することは、特許出願には重要なことだと思います。今起こっていることをこれから特許化することは難しいかもしれませんが、未来を妄想したアイディアは意外と他では考えられていないもの。また、特許を取得するまでに数年かかることもよくあり(事実、私の直近の特許は登録まで5年半かかっています)、未来で使われるイメージを持つことは決して滑稽ではないと思うわけです。

3. 別々の業界や技術を共通のキーで紐づける(関連づける)

特許をある業界内に限定して考えようとしても、その業界内ではすでに特許的アイディアは出尽くしていることがよくあります。しかし、全く違う業界や技術を共通のキー(時間やIPアドレス)で結びつけると、意外と新しいアイディアが生まれるものです。実際、私の出願した特許のうち3つはそのような紐づけ特許です。

4. 見えない物を見える化する

見える化の発想も、意外と特許のネタにはなりやすいですね。私もその手の特許を出願しています。

5. スコープを広げる

特許出願では、特許のスコープ(範囲)を広げて考えることは常套手段です。思いついたアイディアはあくまでも実施例のひとつです。それだけを特許のスコープにしてしまうと、その後に似て非なる別の特許が出てきてしまうため、実施例をひとつに留めず、「こんなパターンもあんなパターンも、この特許のアイディアです」と特許のスコープ、事例を広げておきます。

特許登録までの道程

さて、先に書いた状況を経て、アイディアが特許を出願できるまでにまとまったとしましょう。しかしながらそれはまだ特許取得(登録)のようやく入り口に辿り着いたにすぎません。ここからは、出願から登録に至るまでのことに触れてみたいと思います。

1. 先行技術調査

たとえ、いいアイディアがあって、特許化を望んでも、他者から先に同様の、もしくは一部類似の技術を述べた特許や技術文献が出ていた場合には特許化が厳しくなります。それゆえ通常は、出願前に他者の特許等を特定キーワードで検索し、類似性を検証します。検索で大量の他者特許が引っかかると、そのチェックには結構な体力が必要になります。ここで挫折するケースも多々ありますね。

2. 出願

出願にあたり、特許を誰の権利で出願するか考えます。もし業務の中で思いついたアイディアであれば、間違いなく会社での出願になり会社の権利となるでしょう。もちろん、業務とは関係なく個人で考えたアイディアであれば個人として出願することも可能ですが、特許としての文書にするための弁理士への依頼費用や、出願から審査までの費用は個人負担になります。

弁理士費用は別としても、特許出願から特許登録までに国内であればおよそ100万円かかります。あわせて海外で出願する場合はさらに費用がかさみますので、個人で出願するのはよほど覚悟がいると思います。

費用についてみても、「逆転人生」に登場した齋藤憲彦さんが凄い方だとわかります。齋藤さんが日本国内でしか特許を出願しなかったため、アップル社から得た特許使用料は数億円程度らしいのですが、もし米国等の海外でも出願していれば、特許使用料は数100億円になったかもしれないというシーンがありました。特許を出願する際には、その特許が世の中にどの程度の影響力を及ぼすかわかりません。複数国への出願には高い費用がかかりますので、個人の資金力ではなかなか難しかったのだと思います。

3. 公開

ある一定の時間の後、出願中の特許は広く公開され、そこで一般の方からチェックされる状況になります。場合によっては、「他者の既存特許と被っているのでは」と第3者からのクレームもあるかもしれません。

4. 審査請求

さて、いよいよ特許登録に向けて、最終ステージの審査に移ります。審査の請求をすると特許審査官による内容の審査がありますが、それはその道のプロ。特許性が怪しいと思われたときには“拒絶理由通知書”なるものが届きます。この拒絶理由通知書というのは、出願した特許が、それ以前に公開されていた特許文献や技術文献で述べられている、あるいはその分野の技術者であればそれらの文献を読めば容易に思いつく内容である、との指摘になることが多く、「いやいや、ここが違うんです」とか「違う部分が明確となるように請求項を狭めます」といったやり取りを書類上で進めていきます。

しかし、ここで一定期間内に反論できなければアウト!になってしまいます。私が出願し、登録までに5年半かかった特許では、この拒絶が3回届き、それはシンドイ対応でした。特許の内容が、TVとスマホやPCを紐づける方法だったので、それだけこの分野がレッドオーシャンであり、これからのビジネスの根幹になる特許ではないかと思っています。

特許のご褒美

さて、こうして特許を成立させると、どのようないいことがあるのでしょうか?

「逆転人生」の齋藤憲彦さんは、その番組名の通りにとてつもなく幸運な方だったわけですが、皆がそうではないでしょう。さらに会社で取った特許なら、会社の都合でその特許を放棄されることもあるかもしれません。しかしながら、発明者の名はずっと残ります。これは名誉な事ではないでしょうか。

金銭的なご褒美もあります。特許出願時や特許取得時にはいくらか報奨金が出ますが、本当の金銭的な醍醐味は、特許がプロダクトやサービスに活用されて収益を生んだことに基づく実績報奨なのではないかと思っています。私も13年前まで在籍していたソニー株式会社の知財センターより実績報奨金が支払われました! 忘れた頃にやってくるご褒美ですね。特許が活用されて売上や利益につながれば、会社を辞めた後にも追跡して支払われるらしいのです。

もうひとつの知的財産、著作権

今回は特許の話をしました。さらに、技術者が知っておくべき知的財産としてもうひとつ、著作権があります。実は著作権法に関して、最近大きな動きがありましたので、次回はそのことをお話ししたいと思います。

 

 

この記事の執筆者

坂東 浩之Hiroyuki Bando

経営サポート部

知的財産