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AIがもたらす知的財産業務の未来を空想する

私が特許や商標、著作権等の知的財産業務に携わるようになって15年以上が経過しました。新しい技術やサービスの登場により、業務を取り巻く環境がいろいろな側面で進化と変化を重ね、便利になりつつあることを実感します。

注目の技術のひとつに、AIがあります。AIは私たちの夢や願望、発想を引き出し、ますます便利な未来の世界へと誘ってくれる有用な技術だと思います。私は以前、建築設備会社の研究開発部門にいたこともあり、またエンジニアに戻って、AIを活用したモノづくりや研究開発の世界に没頭したい衝動に駆られる時があります。

ところで、夏目漱石が著した「夢十夜」という小説をご存じでしょうか。「こんな夢を見た」のくだりから始まる、奇妙で不思議な10の物語が展開されています。今回は、AIとのコラボレーションが、伝統的かつ定型的な知的財産関連業務にさらなる変革をもたらすのではないかという期待感やワクワク感を、自由に綴ってみたいと思います。フィクションを含んでいますが、漱石の夢十夜ならぬ、知財業務の夢三夜として気軽に読んでください。

第一夜

こんな夢を見た。
「新商品の詳細設計が固まった。この仕様が他社特許を侵害していないかどうか、調べてくれないか?」

私は、設計書とともに依頼書を受け取ると、早速、PCからAIエージェントを呼び出した。まだ商品のデザインと名称が決まっていないため、今回の調査範囲は、販売予定国である日本・アメリカ・中国の特許が対象だ。「グローバル統一特許制度に完全移行するまでは、各国AIエージェントとのやり取りのオーバーヘッドは仕方ないな・・・。」と呟きながら、別案件のレポートに目を通していると、程なくしてAIエージェントからのメッセージ到着を知らせる着信音が鳴った。

「3時間もかかるのか・・・。シソーラスのパラメータ設定の制約が弱過ぎて、類義語の候補が多くなってしまったんだな。本当にチェックしなければならない特許をもっと絞り込まないと・・・。」翻訳、調査すべき技術分野や特許文献の特定などはあっという間に処理が終わるが、その後の比較検討のタスクは、調査ボリュームに比例して時間を要する工程である。10年前なら確実に数週間を要したであろう、ヘビーなタスクだ。それを考えれば、たった数時間で結果が分かるとは、なんと革新的な環境を享受できているんだろう。科学技術の破壊的進化と、各種サーチツールのコモディティ化に感謝すべきである。でも今はその時間でさえ、待つことが苦痛になってきた。

「エージェントに、AIエンジンのパラメータ最適化と並列分散処理の高速化を提案するか・・・。万一、タスクが3時間以内に終わらない場合は、代替モデルを立てて競合させ、クリティカルパスの自律修正を促すようなロジックを試してみよう。」

第二夜

こんな夢を見た。
「ドイツで販売中の新商品が、他社特許を侵害しているようです。どう対処しましょうか?」

AIエージェントからの緊急連絡を受けた時、私はドイツのスキー場にいた。ここは、ガルミッシュ=パルテンキルヘン。偶然にも、一緒に滑っていたミュンヘン在住のドイツ人の友人も、全く同じメッセージを受け取っていた。慌てて麓まで一気に滑り降りると、近くのカフェでそれぞれが自分のデバイスを立ち上げ、画面を食い入るように見つめ始めた。

この他社特許の存在は、商品販売前に既に分かっていた。調査時点ではまだ権利化されていなかったため、要注意特許としてステータス監視を継続していたのだった。それが、昨日、遂に権利化されたようだ。友人が周囲を気にしながら、サイレントモードで私に知らせてきた。「AIエージェントが、日本とアメリカの技術文献を使って、こいつの特許性を否定できるかも知れないって言ってるぜ。侵害回避のための設計変更にかかる莫大な時間とコストを考えれば、こちらの選択が絶対におススメだね。」

私はドイツ語が話せないし、彼は日本語が話せない。英語で最低限の会話ができる程度である。しかし、それぞれのデバイスやAIエージェントには自動翻訳機能があるので、相互のコミュニケーションに全く支障はない。私は、社内の技術情報データベースへのアクセス許可を申請した後、AIエージェントへ、このデータベースをサーチ範囲に含めるように指示をした。

しばらく、リアルとバーチャルでのやり取りが続いた後、AIエージェントから二人にメッセージが届いた。「日本とアメリカの技術文献にF社保有文献を組み合わせれば、対象特許と同一の内容になります。つまり、対象特許には特許性がありません。この特許を無効化しますか?」私は即座にAIエージェントにOKの指示を出した。明日には、AIエージェントが特許庁へ申立書を提出してくれるだろう。私は再び、友人と一緒に、アルプスが眺望できるゲレンデに戻っていった。

第三夜

こんな夢を見た。
「当社のマイクロアクチュエータにそっくりな商品が他社からネット販売されている。販売を止めさせる何か良い手はないだろうか?」

最近よくこの手の相談を受ける。知的財産権の侵害行為に関わる場合は、当然ながら私たちの出番となる。私はAIエージェントに、サイバー空間上に出現する新商品と自社の知財権との対比を、グローバルかつリアルタイムで実行させている。商品の名称やマークを表す商標権の侵害発見は、一瞬で結論が出る。商品のデザインを表す意匠権の侵害発見は、相手商品の画像や写真が一枚あれば十分だ。こちらも、商標の場合と同じく一瞬で結果が分かる。AIエージェントがいろいろな角度から見たときの商品外観をインターネット上から収集し、足りない情報を自分で補って推論してくれるのだ。

しかし、商品の技術的なアイデアを表す特許権の侵害発見は、残念ながら、商標や意匠ほど簡単ではない。相手商品の特徴部分について、AIエージェントが認識可能な形でシンボル化することが極めて難しいためである。依然として、言語にしたり記号化したりといったシンボル化の際には専門家の介入が不可避であり、相当な手間隙を必要とする厄介なタスクとなっている。

実は密かに、この課題についての解決アイデアをいくつか温めている。ある相手商品の製造元や流通ルートは把握済みなので、現物を入手したらそのアイデアをAIエージェントに試してみようと考えている。幸いにも、このAIエージェントは、ユーザにPoC(概念実証)用のインターフェイスを開放してくれている。もしこのやり方がうまくいけば、サイバー空間に現れない商品の侵害発見にも適用できるかも知れない。

知的財産業務の未来

オープン・イノベーションの新たな潮流は、知的財産に対してビジネスを「独占する」手段としての役割に加えて、ビジネスの中で他者と「つながる」手段としての役割を期待し始めています。知的財産の価値をさらに高める方向への環境変化が起きつつあると言ってもよいでしょう。

AIは、未来の知財活動に大きな変革をもたらす可能性を秘めたワクワクの原石であることは間違いありません。

 

 

この記事の執筆者

柏木 法仁Norihito Kashiwagi

総合管理統括部
法務・監査部法務室
フェロー

AI(人工知能) 知的財産